バセット・ハウンドの先祖の犬は、10世紀頃にベルギーからフランスに連れてこられたセント・ヒューバートであるといわれております。
セント・ヒューバートとは、フランス革命の頃に絶滅したベルギーのセントハウンド(嗅覚に優れている狩猟犬)のことで、この血はヨーロッパの多くのセントハウンドに引き継がれました。
セント・ヒューバートと土着のセントハウンドを掛け合わせることで、ノルマン・ハウンドと呼ばれるセントハウンドが作出されました。
ノルマン・ハウンドは、体力があり嗅覚が非常に優れていたため、赤鹿を集団(パック:群れ)で追い込む猟で使われるようになりました。
ノルマン・ハウンドは、11世紀になるとイギリスに持ち込まれ、改良が行われてスタッグ・ハウンドやタルボット・ハウンドが作出されました。
16世紀になると、スタッグ・ハウンドから4肢の極端に短い子犬が偶然生まれました。
4肢の短い個体を選んで繁殖することで、バセット・ハウンドの基となる、バセー(Basset)タイプの猟犬が作出されました。
※バセー(Basset)とはフランス語で背が低く足の短い犬のことです
バセー(Basset)タイプの猟犬は幾つかの犬種が作出されました。
バセット・ハウンドの基礎となる犬は、この時作出されたバセー・ダルトワやバセー・ノルマンが交配に使われたと考えられております。
1866年に、幾つかのバセー(Basset)タイプの犬種がイギリスに持ち込まれます。
ゴールウェイ卿によりバセット・ハウンドがイギリスへ紹介されると、オンズロウ卿とエヴェレット・ミレー卿の2人の狩猟家の目にとまりました。
この2人がバセット・ハウンドの愛好家として加わることにより、バセット・ハウンドの人気は、徐々に広まっていきました。
※当時のイギリスでは、野うさぎや、キツネ、アナグマなどの猟で使われておりました。
1884年には、ミレー卿の活躍により「バセット・ハウンド・クラブ」が創設されました。
その後、アレクサンドラ王妃の後援を得ることができ、バセット・ハウンドの人気は一気に広まりました。
1886年になると、ミレー卿が審査員を務めるドッグショーがロンドンで開催されました。
この時、120頭以上のバセット・ハウンドが出展されました。
1892年、バセット・ハウンドの血が濃くなってきたことに気付いたミレー卿は、ブラッド・ハウンドの血液を取り入れました。
この時、ブラッド・ハウンドの血を導入したことで、現在のバセット・ハウンドのような外観となりました。
バセット・ハウンドは、現在でも、ハンティングのお供として活躍しております。
<年表>
年代 | 内容 |
10世紀 |
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11世紀 |
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16世紀 |
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1866年 |
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1886年 |
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1892年 |
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